スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

日本維新の会「身を切る改革」はまやかし?

 1.日本維新の会の公約  日本維新の会は、高市首相を選んだ昨年の臨時国会で、「身を切る改革」として議員定数削減法案の成立を目論んだ。 概要は「 衆議院議員の定数を420人を超えない範囲で、1割を目標二削減」(法案第2条)とし、また「 法律施行から1年以内に協議が整わない場合、小選挙区25、比例代表20(計45)の削減が自動的に発動される」(同第3条第3項、第4条第1項)内容 です。   2.歳費や政党交付金にこそ手を付けるべきだ    だが、本当に「身を切る」つもりなら、歳費の削減や、政党交付金に手を付けるべきだ。。   私は歳費が安ければ安いほどよいなどという気は全く無い。しかし、筋立てて、それを国民の理解を通した寄附行為(カンパ)でやるのが民主主義の健全な発展に必要で、議員をあやまかす自動的支援制度は、なるべくなくすべきだと考える。  (1)歳費について    議員定数削減は総額としての歳費が削減されるだけだが、少しも各議員は「身を切っ」ていない。 これをやってこそ、一人ひとりの議員の「身入り」が減らせる。議員定数は 「先進国の中でも多くない」 し、民意を反映する範囲が狭くなる意味で「角を矯めて牛を殺すことになる」可能性がある。   また選挙制度は、「小選挙区制」、その「区割り」など、議員の外枠の問題も多く指摘されている。これを解消するにはすべて全国1区、すなわち比例制にするのが理想なのだ(憲法違反だなんていう、票の不平等もなしになるはず)。それを抜きにした自動削減既定を設けるなど、非常に非民主的な規定なのだ。   (2)政党交付金について    政党交付金は、 国が政党の政治活動を助成・支援するため、税金を財源として各政党に配分するお金のことです。1995年施行の 政党助成法 に基づき、国民1人あたり年250円を基準(総額約315億円)として、国会議員数や得票率に応じて4・7・10・12月の年4回交付されることになっている。   その目的は、「政党の政治活動の健全な発展と、政治的公正の確保」だというが、民主主義は議員が国民との接触から、国民の理解を得て議員活動を行う、それに理解を示した個人がその活動へ寄付するという本質を抜...

「働いて、働いて、働いて」のはずだったのでは?どうして「解散」?高市首相の「解散」に大義はない

 1.はじめに  1月23日に召集された通常国会は「冒頭解散」された。これに先立って19日、高市首相は「解散の大義」について、記者会見で説明した。しかし、この解散には大義はなく、むしろ憲法の趣旨に反する行為だと考えられる。以下、高市首相の解散表明を簡単に振り返り、その不当性を明らかにしたい。   2.首相の記者会見を振り返る  高市首相が記者会見で明らかにした今解散の大義について、色々あげていらっしゃるが、つまるところ「不安定な政権では、私のやろうと思っていることが実現できないから、解散して私の政権基盤を安定したものにする」というものだと思われる。(「  高市内閣総理大臣記者会見 」より。)    3.それは正しいことではない  (1)首相個人の信を問うのが解散の大義にはならない   憲法は、アメリカに代表される「大統領制¥を採用せず、議院内閣制にしたのは、たとえ比較第1党であっても、そこから選出されることを当然に予想し、そのうえで国会の中で議論が尽くされて、政策が生まれ実施に移されていくことを理想としている。だから議院内閣制のもとで首相個人の信を問うのは、大統領制との違いを混同した誤りなのだ。 (2)自分の考えが通らないのが不満?   今の国会運営は、少数与党だからいろんな野党の意見を取り入れないと成立しない。これが国民に信を問う本音なのではないだろうか。そうだとすれば、具体的な政策云々の前に、国会では私の意見は通らないでやりにくい。私の考えを推し進める政権がほしいのだ」と明言してほしい。   でもこれは自分の持ち出す政策は説得力を持たないので、選挙の名を借りて強引に自分の考え方に同調させようとすることを意味する。「説得力」で国会で堂々と議論をし、みんな叡智を集めて国の将来を決定することを嫌がり、いきなり日本の将来を決定させようとするのはナチスのヒットラーにも似ているような気がするが?   いま、首相に求められるのは、あなたのいう国難にどれだけの叡智を集約できるかという懐の広さであって、クジを引くような賭けではないはずだ。   (3)生煮えの選挙公約   提示された選挙公約は「〇〇をします」ではなく「〇〇を検討します」...

イスラエルのガザ大量殺戮に対し、報道機関はイスラエルの本質を見抜け!

本日の各報道機関は、 「専門家団体がイスラエルのガザでの大量殺人を「ジェノサイド」と認定した」と報道 した。 少し引用すると 研究者・専門家からなる世界最大のジェノサイド研究者団体「国際ジェノサイド研究者協会」(IAGS)は1日、イスラエルがパレスチナ・ガザ地区でジェノサイド(集団虐殺)を実行していると表明した。 さて、この10日ほど前の報道機関の論調は、「イスラエル政府がハマスとの停戦協議の再開に向けて数日以内に代表団を派遣する見通し」(イスラエルメディア、22日)だが。その一方でこの停戦協議に圧力をかけるために「イスラエル軍が最大都市のガザ市の制圧に向けて早ければ9月中旬にも攻撃を始める」と報道していた。 でも、これは全くの逆ではないか?という気がしてならない。 言い換えると、イスラエルはパレスチナ・ガザ地区でジェノサイドと見破られないようにジェノサイドを実行するために、ポーズとしても停戦協議に実施する必要があるのだ。 その証拠に、イスラエルの  ネタニアフ首相は「ハマスの殲滅」を宣言 しており、現在その目標の進行中となるからだ。また食料を求めるガザ住民には銃を向け、最後はこの 食料支援も禁止する予定 という。ネタニアフ首相にとっては、端から人質救出も、停戦協議も、すべて「殲滅行為」という本質を覆い隠す政治的ショーに過ぎない。 こうなると、人質救出から始まったとされる現在の紛争は、一方的に戦争を仕掛けたロシア・ウクライナ戦争とはコロナると評価されているが、ここまで来るとのプーチン氏もネタニアフ氏も50歩100歩だ。 報道機関は、ネタニアフ氏に惑わされるな!

もはやアメリカは民主主義の擁護者ではない。「利己主義」国家と呼ぼう

  昨日のニュースで「主導国不在 今年最大の政治リスク」と題する記事が掲載された。概要を記すると 1月6日、国際政治上の危機分析を専門とする米調査会社のユーラシアグループが今年最大の重大リスクをまとめた報告書を発表した。 リスクのトップは、G7が影響力を失い、自国優先に傾いて主導国のない「Gゼロ」の国際社会 第二のリスクは、大統領権限の抑制の弱体化と法の支配の後退によるトランプ大統領一人が米国政治のすべてを左右する恐れ 詳しくは  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250107/k10014686531000.html これに加え、 デンマークの自治領グリーンランドを「アメリカが所有すべき」と主張し、これに従わない場合には高い関税を課することを主張 しているという。 ここに至っては、体の良い「ロシアによるウクライナ併合」と同じ戦略であり、これまでに築け上げた民主主義の崩壊者と評価すべきであろう。「アメリカファースト」がここまで来ると、自分のことにのみ専念する「利己主義(selfishness)国家」と呼ぶべきだろう。 日米同盟の深化させようとしている日本政府は、これに加担することになる。日本政府も「利己主義国家」の正犯者となるのであろうか!

「裏金」問題・・国民の生活苦を顧みず自分の懐肥やしたこと

 もうすぐ衆議院の総選挙。ここで1つの大きな争点になっているのがいわゆる裏金問題だ。 自民党に「政治とかね」の問題を解決できないことは、すでに述べた が、なんと言っても¥一番頭にくるのは「国民の生活苦を顧みず自分の懐だけを肥やしたこと」だ。 国民はこの物価高の中で、生活苦が増している。子ども食堂は、寄付が集まりにくくなって、子供の居場所である子ども食堂の運営が困難になっているという。また「成長ざかりの子供に腹いっぱい食べさせたくて、親はご飯はすでに済ませていると子供に嘘をついている」などの報道が何度も放送されている。 それに比べて、自民党は血税から政治資金をもらい、それでも足りず政治資金パーティなどでお金を集め、それを裏金として自分のものにしてしまった。 何が一番頭にくるのか! それは国民生活からあまりにもかけ離れた金銭感覚と、領収書1枚揃えなくて良い、税金からもオールフリー、これら特別の優遇が政治家のみに与えられていること、そしてそれら特権が許されて当たり前だと思っているという現実だ。

「日本被団協のノーベル平和賞受賞」は「抑止力」という名の「戦争準備」を否定するもの

  日本被団協がノーベル平和賞を受賞した。 このことは全世界に「抑止力」という名の「戦争準備」は否定されるべきだという、核だけにとどまらない大きな平和への第一歩を意味する。 なぜなら核は、核抑止力などと、「最大の抑止力」とされている。 日本政府はもとより、米国、ロシアなどの安保理事国、イスラエル、北朝鮮・・などなど、すべて自国を守るために「核は必要だ」と声高に訴え、抑止力のために核を保有あるいは保有を正当化してきた。 日本被団協がノーベル平和賞を受賞した事実は、この抑止論が世界平和にとって危険であり、平和に役立たないことを明確に示したものだ。

イスラムもハマスも両者併存すべきなのだ!

  1.ロシアによるウクライナ侵攻に驚いたが この21世紀に正面切って他国を侵略するとは・・・と驚いたが、イスラエルのネタニヤフ首相もロシアのプーチン大統領に「勝るとも劣らず」ではないか? 2.ネタニヤフ首相の「ハマスの殲滅」発言 ネタニヤフ首相は、11月27日 「ハマスを殲滅させるべきだ」と主張 している。加えて、同氏の ホロコースト ・ 発言 には 「内外で非難」 や イ スラエル首相がホロコーストは「パレスチナ人のせい」ドイツ首相は「いや我々の責任」 と報道されています。 ハマスがパレスチナ民族の一部ではあり、仮にイスラエル人を人質にとった卑劣な犯罪者であっても裁判を経て処罰するというのが現代の国際常識だ。ネタニヤフ首相に「殲滅」する権限は認められておらず、そうであればこそウクライナはロシア・プーチン大統領を国際司法裁判所に提訴し、あくまで「裁きを経る手続き」を取ろうとしたのだ。 この手続きを省略した、ネタニヤフ首相の「殲滅」発言こそ、現代のホロコーストではないのかと疑問が出てくる。 3.イスラエルからの人質開放 その後一時停戦(正式には「休戦」と言っている。)が実施され、何回かに分けて 双方の人質が開放 された。 ここで、「おや」と頭をかしげた。 イスラエル人の人質を開放するためだということは理解できたが、イスラエルに捉えられているパレスチナ人もいたんだ、イスラエルも人質をとっていたのだということを。 この人質となっていたパレスチナ人は「投石や扇動、殺人未遂などさまざまな罪に問われたパレスチナ人300人のリスト(イスラエルが作成)から選ばれた。そのうち有罪判決を受けたのは4分の1以下で、大半は裁判を前に勾留されていたとされる」人々だそうだ。 だとすると、イスラエルという国は裁判を省略して人々を勾留する「非民主的国家だ」ということになる。 そう考えると、前述のネタニヤフ首相の「殲滅」発言も、このお国柄から出た発言ではないかと、妙に合点がいく。 また、今回のハマスによる人質犯罪も、自らの民族救出のためのやむを得ない「作戦」だとなると、もはやイスラエルもハマスも「どっちもどっち」ということになってくる。 4.両民族の歴史 ユダヤ民族とアラブ民族の歴史 は複雑で、両者間の争いは絶え間なかった。 私にはとても理解できない。でも、これだけははっきりしている。両民...

これが「限界」ー自民党の「自浄能力」、政治資金法改正、次期総裁選をめぐる最近の動きについて

  次期総裁は誰か?が急速に浮上してきた。直接の発端は菅前総理の 「岸総裁は(裏金事件の)責任をとっていない」という発言 と、これに呼応したような河野デジタル相の動きだ。でも、それって(裏金)事件をめぐる自民党の自浄能力欠如を示しており、自民党の恥さらしではないかと思う。 1.これまでの経過(ごくごく簡単に) 政治資金の不記載(裏金)事件が発覚したのはは昨年の冬だ。それまでにも自民党の金の使い方に問題があったのは自明で、裁判沙汰にもなった。これらの問題はすでに 指摘してきた 。 それから今回の規制法案が成立するまで6ヶ月。この間自民党内で出してきた法案は、全て「金権体質をできるだけ温存しようとした努力の賜物」と思われるほど、骨抜き法案だった。パーティ券の購入公開は「10万円超」、政策活動費に至っては「政党が収支報告書に記入」を柱とするもの。 しかし、各地の補選で自民党推薦の候補者の落選がはっきりし、また各種世論調査でも「評価しない」が多数という結果が出てくると、各野党の批判に加え、政権与党の公明党までもがこの法案にケチをつけはじめたので、一旦は 「自民党単独での提出」にならざるを得なかった 。 でも、参院で単独過半数を締めていない自民党単独法案は成立する見込みはなく、それでも単独提出に踏み切ったのは「自民党は改革の姿勢を示した」というアドバルーンでしかない。もしくは審議の途中で「(自民党法案に)折れてくれるだろう」という目論見があったのかもしれない。 その後は、公明党や各野党の追求に対する岸現総理の「英断」「強いリーダシップ」あるいは「先走った答弁」により、自民党法案は修正を余儀なくされ、結果的に「難産の法案」になって5月16日与党の賛成多数により成立した。 成立した規制法案 は当初の自民党案からかなり修正されている。が、それが「ザル法案」であることは各種マスメディアの指摘のとおりである。 2.経過を振り返ると見える「自民党の自浄能力の欠如」 岸現総理は法案成立後の記者会見で「 一連の事案を受け、再発防止や透明性向上という観点から、実効性のある制度になった 」と述べたという。この発言は、裏返すと「あまり厳しくしても守れないよ」と言っているのだ。すなわち政治資金規制は、今の自民党の自浄能力の限界を示した法案だということだ。 だから、自民党内での処分時期には沈黙...

国民にとって必要な、放送法の「政治的公平」を考える

  1.問題の所在 放送法第4条第1項第2号に「政治的に公平であること」が放送事業者の義務とされてされている。この「政治的公平」ってどんな意味?誰が判断するの?というのが今回のテーマである。 2.みんな同じ放送が「政治的公平」な放送か? (1)政治家にとって都合の悪いことばかり放送されると、いま話題となっている「放送法の解釈変更」なんて言う姑息な手段を使い、「停波」まで必要と考えるようになるのだろう。 しかし、この規定が「国民(視聴者)にとって政治的公平な放送」と考えると、結論は全く逆になってくる。 (2)一例で、東京オリンピックを上げよう。 今頃になって「金まみれの東京オリンピック」とか「オリンピックを活用した東京再開発」といった様相が明らかになりつつあるが、それはさておき・・・ 当時、各放送局は右ならいしたかのように「東京オリンピック賛美」に染まっていた。 このような状況に起きたのが、東京オリンピックをめぐるNHKの嘘の報道事件がある。 詳しくは、 「五輪反対デモにお金をもらって参加した」ウソ字幕で大炎上してもNHKが絶対に口にしない”2つの言葉” を読んでほしいが、例の東京オリンピック反対運動に「金をもらって参加」していると、全く事実と異なる字幕を流した事件だ。 NHK側は「編集者の確認不足」と結論づけたが、この報道で「反対運動は金に染まっている」という印象を視聴者に与え、反対世論を抹殺したという事実はどこまでも残るし、無理やり「オリンピック賛美論」に傾けるための編集者の涙ぐましい努力?だったのではないか?と勘ぐりたくなる。が、このようなやり方が「政治的公平だ」と誰もが考えないだろう。 むしろ、1放送局、いや1番組でも、オリンピックが国民全体の世論ではないこと、たとえそれが少数意見でもそのような世論が存在することを映し出すことが「政治的公平」な放送というべきある。 なぜなら、視聴者は、このような意見、流れもあるということを知り、考え、東京オリンピックに対する意見を形成していくものであり、このような放送が、国民一人ひとりが政策を考える上での重要な意見(資料)になるはずだからだ。 また政治家にとっても、政策づくりを考える際の貴重な世論と考えるべきであり、政治家の努めなのだ。こんな世論なんて一顧だにしないという政治姿勢を持つ政治家が( 前山際経済再生相のよう...

聞いて呆れる「法の支配」

  1.法の支配とは 日本政府は、ことあるごとに「法の支配」を叫び、世界の共感を得ようとしている。 ちょっと長いが外務省が公表しているものなので、引用してみる 「法の支配」とは、全ての権力に対する法の優越を認める考え方であり、国内において公正で公平な社会に不可欠な基礎であると同時に、友好的で平等な国家間関係から成る国際秩序の基盤となっている。また、法の支配は国家間の紛争の平和的解決を図るとともに、各国内における「良い統治(グッド・ガバナンス)」を促進する上で重要な要素でもある。このような考え方の下、日本は、安全保障、経済・社会、刑事など、様々な分野において二国間・多国間でのルール作りとその適切な実施を推進している。さらに、紛争の平和的解決や法秩序の維持を促進するため、日本は国際司法裁判所(ICJ)、 国際海洋法裁判所(ITLOS) 、国際刑事裁判所(ICC)を始めとする国際司法機関の機能強化に人材面・財政面からも積極的に協力している。また、日本は法制度整備支援のほか、国際会議への参画、各国との意見交換や国際法関連の行事の開催を通じ、アジア諸国を始めとする国際社会における法の支配の強化に努めてきている。(「 外交青書 」より) まとめると、 「国内」「国際」秩序に不可欠な基礎(基盤)であり、 日本は様々な分野でルール作りとその適切な実施を推進している そのための国際司法機関の機能強化に積極的に協力するとともに、各国との意見交換等を通じ法の支配の強化に努めてきている 2.言うことは立派だけど行動は逆ではないか (1)自民党「政治資金パーティ券」問題をめぐって しかし、いま自民党を騒がせている「政治資金パーティ券」問題では、1団体20万円以内の収入は政治資金報告書に記載しなくてもよいというのを悪用したものであり、そのキックバックは「領収書さえ存在しなければ問題無し」とした政治資金の私的流用問題である。 そしてこれは最大派閥の安倍派や二階派だけにとどまるのか?どんどん広がりそうな勢いだ。 これが「法の支配」どころか、法の網をどうやってすり抜けてやるか一生懸命知恵を絞ったアイデアだったのだろうが、法の支配とは真逆の行動である。 (2)相次ぐ閣僚の辞任問題に関わって 一昔前の 河井克行辞任問題 は、現役法務大臣が「買収」という言葉さえ使わなければ、選挙期間中の金銭のバラ...

もうヤメようではないか!安倍流政治(自民党総裁選に関して)

 自民党総裁選は一政党の総裁の問題だが・・・ いま次の自民党総裁が誰になるかがマスコミの中心話題になっている。一政党の総裁が誰になろうと所詮一問題に過ぎないのだが、日本国憲法の採用する議院内閣制では、最大党の総裁が日本国の総理大臣になるという仕組みになっているので、現状最大与党の自民党総裁選挙は、事実上日本国の総理大臣に誰がなるのか?という問題と直結しており、関心が高くなるのは無理のない話である。 安倍前総理の動きはどこに その総裁選、立候補を表明しているのは岸田前総務会長、その他に高市前総務大臣、河野規制改革相、野田幹事長代行、石破元幹事長の名前が上がっている。この周辺に各派閥が種々の動きをしているとされている。 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210906/k10013246191000.html その動きの中に、また安倍前首相の名前が出てきた。「党内最大派閥の細田派出身の安倍前総理大臣」が高市氏を支援する考えを示しているそうだ。また高市氏も安倍前首相の政策を引き継ぐ考えを示しているそうだ。 https://www.asahi.com/articles/ASP865J8SP86UTFK00Z.html 安倍政権の政策は「金とウソ」で成り立っていた 安倍前総理は、その退陣の際「政権奪還以来、経済再生、国益を守るための外交に一日一日全力を尽くした」と自ら総括している。果たしてそうだろうか? 尚、ここでは政策自体の是非を問題にしない。政策を実現する手段・手法を問題にしている。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63896240W0A910C2MM0000/ 一言で言えば「金とウソ」の政権ではなかったか? 「金の問題」で言えば、現閣僚の中で金の問題で閣僚や議員を辞職、あるいは自民党を離党したのは大勢おり、最近の内閣では稀に見る出来事ではないか。 菅原一秀経済産業相、吉川農相、秋元司内閣府副大臣、甘利明経済再生担当相、松島みどり法相、小渕優子経済産業相(いずれも辞任当時の担当相)などがあがる。 https://www.jiji.com/jc/d4?p=kak002&d=d4_news ...

患者憲章とかけ離れた医療の現場の改善を求める

  1.患者憲章とは どこの病院にも患者憲章が掲示されている。患者憲章とは 「各医療機関による患者の権利と責務を一覧にし医療従事者によって守られるべき行動規範を記したもの」 で、各医療機関によって表現こそ異なるあ、共通しているのは「患者中心」ということだと思われる。 具体的な内容は以下のようのもの 平等な医療を受ける権利 患者の人格尊重 具体的な治療の選択・治療の拒否する権利 セカンドオピニオンの権利 医療情報保護の権利・医療情報の公開の権利 診療報酬支払いの義務・・・ etc 2.実態は異なっていないか? しかし、自ら掲げた憲章とは異なったやり方を通しているのが医療の現場ではないか? 私も何度か入院をしたが、入院時には「同居の親族以外の親族」の連帯保証人を準備するよう言われる。診療報酬の支払い支障をきたさないためだろうが、診療機関には健康保険からの支払いが担保されているにも関わらず、また患者本人の資力が十分であっても「連帯保証人」を求められるのだ。 また、こんな例も見受けられる。 耳が不自由なお年寄りが患者だと、すぐに家族に付き添いを求め、患者の状態や今後の治療方針などを患者にではなく家族にし始めることがある。 患者本人の意識もまともではなく、患者が医療を選択できない状態にあっては、家族が出番とされるのはやむを得ないと思うが、現在は、患者の意識が正常でも、耳が不自由だというだけの理由で、本人の症状・本人の治療選択などを家族に代行させようとしている。 この場合は患者の症状に合わせて筆談、読み聞かせ等いろいろな代替手段を存在するにも関わらず、これらの手段を取る前から、「家族」に頼ろうとするのである。 あまりにも安易だ。 こうしてみると、医療の現場は、患者憲章いう「患者中心」ではなく、「家族中心」なのである。 今後、老ろう世帯、核家族、単身世帯など、社会状況が変化する中で、患者本人だけが頼りという時代に入る。そのときに家族だ、普段付き合いもない遠縁が必要だと言ってみても、実現できないのだ。 患者憲章は立派だが、それに沿って。一刻も早い現場の運用の改善を望んでいる。

国民にとって必要な、放送法の「政治的公平」を考える

  1.問題の所在 放送法第4条第1項第2号に「政治的に公平であること」が放送事業者の義務とされてされている。この「政治的公平」ってどんな意味?誰が判断するの?というのが今回のテーマである。 2.みんな同じ放送が「政治的公平」な放送か? (1)政治家にとって都合の悪いことばかり放送されると、いま話題となっている「放送法の解釈変更」なんて言う姑息な手段を使い、「停波」まで必要と考えるようになるのだろう。 しかし、この規定が「国民(視聴者)にとって政治的公平な放送」と考えると、結論は全く逆になってくる。 (2)一例で、東京オリンピックを上げよう。 今頃になって「金まみれの東京オリンピック」とか「オリンピックを活用した東京再開発」といった様相が明らかになりつつあるが、それはさておき・・・ 当時、各放送局は右ならいしたかのように「東京オリンピック賛美」に染まっていた。 このような状況に起きたのが、東京オリンピックをめぐるNHKの嘘の報道事件がある。 詳しくは、 「五輪反対デモにお金をもらって参加した」ウソ字幕で大炎上してもNHKが絶対に口にしない”2つの言葉” を読んでほしいが、例の東京オリンピック反対運動に「金をもらって参加」していると、全く事実と異なる字幕を流した事件だ。 NHK側は「編集者の確認不足」と結論づけたが、この報道で「反対運動は金に染まっている」という印象を視聴者に与え、反対世論を抹殺したという事実はどこまでも残るし、無理やり「オリンピック賛美論」に傾けるための編集者の涙ぐましい努力?だったのではないか?と勘ぐりたくなる。が、このようなやり方が「政治的公平だ」と誰もが考えないだろう。 むしろ、1放送局、いや1番組でも、オリンピックが国民全体の世論ではないこと、たとえそれが少数意見でもそのような世論が存在することを映し出すことが「政治的公平」な放送というべきある。 なぜなら、視聴者は、このような意見、流れもあるということを知り、考え、東京オリンピックに対する意見を形成していくものであり、このような放送が、国民一人ひとりが政策を考える上での重要な意見(資料)になるはずだからだ。 また政治家にとっても、政策づくりを考える際の貴重な世論と考えるべきであり...

「桜を見る会」前日の懇親会費用負担問題は、我が国の総理の非常識をさらけ出した!

  「桜を見る会」前日の懇親会の費用負担を巡って、安倍前総理は「自分の預かり知らぬところで、事務所の秘書が勝手に費用を負担しており、政治資金収支報告書に記載していなかった」(要旨)ことを認めた。詳細については各種報道を参照にしてほしい。また「桜を見る会」全般の問題については ここを参照 してほしい。 仮に安倍前総理の言うとおりだとして、それだったら安倍前総理はどれだけ常識に欠けた人間なのだろうかと疑ってしまう。 誰が考えてもあの有名ホテルを一人5,000円で利用できるはずがない。一般の方とは扱いが違う。政治家(且つ首相)だから特別なのだということであれば、「特別の利益」を受けていたということだろうが、そうでないとすれば疑問が出てきて当然ではないか?だから国会の中でも二転三転した答弁が続いていたのではないか?この間に、疑問を持ち事務所に問いただし、疑問が解消しなければ自ら調査に乗り出すなどの行動に出るのが普通の常識ではなかろうか?一国の首相ならば尚の事である。 それをそのまま118回の「虚偽答弁」に結びつけた。 しかも安倍前総理は説明責任は果たしたので、次期衆院選に出馬して国民の信を問うということも明言している。 でも、普通の人だったら「穴があったら入りたい」と考えるのでは! こんな非常識な常識を通した日本の総理のレベルをさらけ出したのが、この費用負担問題ではなかったか。

ためにする議論?

  はじめに 最初にお断りしておくが、「(憲法改正について)議論しない」という主張をするつもりはない。どんな場合も状況を詳細を調査の上、時宜に応じた改正は法制度そのものの宿命であり、そうでなければその存在意義を失うと考えるからである。 一般論は、そうであるが、憲法第9条を巡って改正を主張する論者の記事が目に入ったので、この主張を中心に憲法第9条の改正について考えてみた。 ある論者の主張 それは 憲法改正~きわめて特殊な憲法をこのまま持っていて良いのか である。「ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(5月14日放送)にジャーナリストの有本香が出演。憲法改正について解説した。」と紹介されている。 記事の内容は、長文となるので、ここでは以下の通り要約した。誤りがあれば指摘いただきたい。 各種世論調査でも『議論すべき』が拮抗する状況にあるのに、現在憲法調査会が行っているCM規制問題は、本質論から外れている。有事の際に他国と同じように自衛隊が活動できない以上、日本国民を守れない。そんな規制を行っている憲法を「そのまま持っているのですか?」ということです。 国である以上、何か不測の事態が起きたときには守らなければならない。そのとき、日本だけが他の国にはない形で自分の手足を縛ってしまうのは、憲法を大事にするあまり国民を守れないということです。 主権が回復していないのと同じようなこと。 中国あるいは北朝鮮は、額的にはそれほどではないにしても脅威として大きくなっているのは日本の責任で、例えば集団的自衛権の行使を認める方向にして、さらにそのまま憲法を改正する方向に進んでいたら今日のような事態にならなかったかもしれない。 国民を守るために 国のあり方について、主権国家である以上自衛権が一般的に認めれられているという認識については異論がない。例えば今年は台風災害が目立ったが、あんな特殊な状況から人命を守ったり救出するのは、まさに特殊訓練と特殊装備を有している自衛隊が活動すべき場面である。 問題は、国を守るのに軍事力か?という問題だ。有本香氏はこれを当然のごとく、軍事力が国民を守るということを主張しているのだろうし、憲法を改正し軍事力を保有しようという主張なのだろう。 しかし、軍事力を有する...