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「桜を見る会」前日の懇親会費用負担問題は、我が国の総理の非常識をさらけ出した!

 

「桜を見る会」前日の懇親会の費用負担を巡って、安倍前総理は「自分の預かり知らぬところで、事務所の秘書が勝手に費用を負担しており、政治資金収支報告書に記載していなかった」(要旨)ことを認めた。詳細については各種報道を参照にしてほしい。また「桜を見る会」全般の問題についてはここを参照してほしい。

仮に安倍前総理の言うとおりだとして、それだったら安倍前総理はどれだけ常識に欠けた人間なのだろうかと疑ってしまう。

誰が考えてもあの有名ホテルを一人5,000円で利用できるはずがない。一般の方とは扱いが違う。政治家(且つ首相)だから特別なのだということであれば、「特別の利益」を受けていたということだろうが、そうでないとすれば疑問が出てきて当然ではないか?だから国会の中でも二転三転した答弁が続いていたのではないか?この間に、疑問を持ち事務所に問いただし、疑問が解消しなければ自ら調査に乗り出すなどの行動に出るのが普通の常識ではなかろうか?一国の首相ならば尚の事である。

それをそのまま118回の「虚偽答弁」に結びつけた。

しかも安倍前総理は説明責任は果たしたので、次期衆院選に出馬して国民の信を問うということも明言している。

でも、普通の人だったら「穴があったら入りたい」と考えるのでは!

こんな非常識な常識を通した日本の総理のレベルをさらけ出したのが、この費用負担問題ではなかったか。

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